ブログ版/外国帯同妻リアル

外国出向辞令を受けた夫との生活を嫁の目線で語ります。

一生のお願いで添乗してきた話

不慣れな土地で道に迷った時、私は地元の人に声を掛けることが出来ない。日々の糧を得るために毎日そこで働いていらっしゃって、外回り営業したり集金したりして忙しく歩き回っておられるであろう方々だ。事前にストリートビューで歩くべき道をシミュレートしてくる等の準備を怠った横着な私のための、いわばボランティア案内人をするために出歩いているのではないはずだ。

 

アレコレ考えて躊躇しがちな私とは違い、M田くん(夫)はナンパ師よりもスカウトよりも、勢いよく声を掛けまくる。英語圏ではなかった新婚旅行先、『英語ダメ、英語ダメ。』って両手を振って拒否するオバチャンにだって遠慮しない。なんと日本語で、『言葉は問題じゃないんで、コレ見て下さい。どっち?』……などと話しかけている。困惑しながら方向を指差してくれるオバチャンに、それぐらいの英語は通じるだろうと、『サンキュー』って言いながら手を振って離れると、オバチャンは開放されてホッとしていた。

 

何と頼りになる勇者だろう。私は彼と一緒に居ればどこにだってたどり着けると確信した。『お急ぎの所、ちょっとすみません。行き方を教えて欲しいんですけど……。』爽やかに話しかける彼に対してみんな親切だ。丁寧な説明を受けたあと、最後にようやく私は、『ご親切に、ありがとうございました。』……とだけ言って会釈する。何と簡単に欲しい情報が得られるようになったんだろう。勇者の嫁になれて良かったわ、私。

 

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そんな自信もあったので、夫の両親(舅と姑)から、『人生最後の海外旅行を思う存分楽しみたいから同行して欲しい。』って言われても不安はなかった。もっとも、最初の段階で一つだけ不満は有った。前回ウチに来た時も、『人生最後の海外旅行が息子の出向先で良かった。』…って言っていたのに、仕事を数日休んで接待したのに、全部忘れたのか?と。

 

入国は無事に出来たが、予約していたホテル到着前から雲行きがおかしくなった。M田くんが地元の方に道を尋ねる。丁寧な説明を受ける。……ここまではいつもと同じである。ただ、そこに私は居なかった。荷物を息子夫婦に預けてどんどん先へ進む義母を追いかけるのは、スーツケース二つ持っていても早く動ける力持ちのM田くんの役目。すぐに寄り道したがる義父に懇願して、『もうみんな向こうに行ってますから動きましょう!』って後方で促すのが私の役目となっていた。

 

駅から徒歩2分って書いてあるホテルのはずが、かれこれ15分は歩き回っている。その後3人ぐらいに声を掛けて道を教えてもらい、奇跡的にホテルに到着した。義母の説明によると、M田くんは毎回長い長い説明を受けるたびに、『オーイヤー!アハッ、ンフ!』って軽妙な相槌を打って聞き入っていた…とのことであった。『もしかしてウチの子、英語が聞き取れないんじゃないの?』慌てて否定しておいた。『いえ、外国で実際に働いてますから英会話力に問題はありませんが、なかなか他人に上手く道を説明する機会もないので、通行人の方が説明を間違えられたのでしょう。』

 

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どんどん遠ざかるホテルを求めてさまよっているうち、私は初日から足首を負傷した。片手でスーツケース、片手でキャリーバックを引きつつ、大幅に遅れを取るお義父さんに、『みんな渡ってるから信号赤に変わる前に向こうに渡りましょう!』って促した時だ。お義父さんを歩道に乗せた時には車道の信号が青になっていて、慌てて二つの荷物を乱暴に歩道に乗せようとした時に、その車輪を自分の足に当ててしまった。シャワーが沁みるまで気付かない程度の傷ではあったが。

 

この調子で旅を続けて最後の夜、私は機嫌が悪かった。前の晩、なんか足のあたりかゆいなぁ!って何となく掻きむしったらカサブタが取れて血が出た。それは私の不注意ではあるが、どんどん突っ走る義母を追いかけつつ、『みんな移動してますよ!』って懇願しても動いてくれない義父を急かす旅のストレスも貯まり、イライラし始めたのだ。

 

発話する時ですら作り笑いしなくなってきた私に気付いたらしいM田くんは、この旅行で初めて私に寄り添った。勝手に立ち止まる義父にも勝手に突っ走る義母にも目をくれず、私の手をとって歩き出した。分担して追いかけないと両親が迷子になっちゃう……と、思って心配したが、M田くんの『一切関知しませんから!』っぽい態度に両親も気付いたようで、手をつないで歩く私たちの後ろを、手こそつながないが二人並んで付いてくるようになった。最初からこうしておけば良かったのか!

 

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M田くんが道を尋ねる。親切に教わる。爽やかに礼を言う夫の後ろで、『どうもありがとうございます。』とだけ私が言う。いつものパターンに戻れた。『ん?さっきの説明だと、そっちじゃなくてこっち曲がって二つ目を左でしょ?』いつものように、簡単に目的地に到着出来た。『俺、ヒヤリング全然出来ないから、道を教えてもらったところでサッパリわからないんだ。』夫のウィークポイントを、この旅で始めて知った。

 

外国で働き続ける夫の弱点は私の耳で補おう。そして、三回目の『人生最後の海外旅行』では、初日から両親の前で夫と手をつなごう。色々と決心した。五年分ぐらいの旅費予算を一回の旅で使ってしまった。たまには私の懇願を聞き入れて、あと五年以上元気で居て下さい。